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協「力」からコラボ(Co-lab)の時代へ アートも経済も異質な他者と価値を産む時代

最初に断っておくと…わたしの中では

本業でやってるWebビジネスのことと人事
複業化してる教育事業と
夫が行ってるダンスを通した人育てと
私担当のスクールの経営
これから自分がやろうとしてる教育ビジネスと
国際結婚から見える社会分析はぜーんぶ繋がっている。

きょうは数カ月考えてきた
成長とイノベーションを産むのに必要な「協調・協働」についてまとまってきたことを。

成長とイノベーションを生むのに大切だと思ってるのは2つ
①高度なコミュニケーションスキル
②多様性が生み出す協調

①だけじゃ足りない。本質的じゃない。
コミュニケーションは、あくまでも媒介者でしかないから。

②の多様性は私なりの考え。協調は既にある。多様性はない。

でも、日本で多様性が必要というと
すぐハレーションが起こりがち。

でもこの「多様性と協働」の中身と有益性を
しっかり分析していかなきゃと思ってました。


目次

シリコンバレーで見たオープンマインドとYES and YESのカルチャー

なぜ私がグローバルな視点を押し出した教育を常に考えるかは、別の記事で話します。それはもちろん今の日本経済の行き詰まりも横目に考えていることです。

国力のことや人材育成を考える時、私がいつも思い出すのは2017年に取材で訪れたアメリカ・シリコンバレーです。
イノベーションと成長の勢いが、スタートアップ文化の醸成とグローバルテックの集積にわかりやすく表れているアメリカ西海岸。

いろんな国・文化出身のエスニシティが共生する多様性さはカリフォルニアの特徴なので、そこは私たち日本では簡単に真似できない。

じゃあ他に参考にできる要素といったら何か?
そう考えると、一つ目はあの街に流れる空気。
街ですれ違う人の足を止めて行うユーザーインタビューが割と簡単にできてしまったオープンマインドやフランク感。

二つ目は
スタートアップコンサルの方が教えてくれた、アイデアを否定せず拡散させるYes, and Yesのコミュニケーション(いわゆるラテラル・ティンキング)。

この二つは大きいなと感じていました。

それともう一つ。現地のあらゆるところで聞いた
失敗をしてピボットして回していくトライ&エラーのサイクル。これが三つ目。

失敗を恐れないメンタリティは日本の弱いところだと思います。人の失敗も許せないメンタリティ。だから自分も失敗できない(自分もここは改善中)

オープンマインドやフランク感、Yes and Yesのコミュニケーションは「コミュニケーションスキル」として日本でも考え方を取り入れ、教えていくことが可能。よし、そうと知ったら頑張るぞ!と思ってました。

でも、それだけで変われるの?
コミュニケーションだけなら既にいま社会の状況も打破の可能性見えてるはず。
そうなっていないのはなぜ?とモヤモヤを残しながら。。。。

ダンス教育の場で見た個の確立と協調性の課題

さて、アメリカ人の夫が主宰するダンススクール。”Everybody Different, I am special”の国から来た彼の育成は個性が立つ。

個の確立をまず大事に、という観点なので、しっかりそう育ちます。

そして、そんな一人一人を集めて結成する「チーム」としての活動。
そこは弱点になりがち。
他方、周りの一般的な日本のスクールは集団が強い。個は立ってなくても…

個人の確立と、チームでの活動は両立しないのか?

私の数年の疑問はここにありました。
私たちの指導や声掛けがうまくハマっていないかな?
チームワークがないのか?コミュニケーション力がない?
他者への尊重:Respectの感覚がまだ弱い、もしくは海外のRespectの感覚とは違う?
悶々とした私は「他力本願でなく主体的な責任でチームに関わり合う」というマインドセットも提唱。

いろんな仮説を立てていました。

”協働”は最近の「探究」時代の学校指導要領でも重視される要素です。

個が強いからって、協働できないの?

いやいや、シリコンバレーが強いのは、強い個人が集まるからでもあるけど、共同体としても強いからでしょ?

ダンスやアートの世界なんて、比較的自由なシーン。
協働が新しい価値を生む世界です。
海外のダンサーやアーティストたちは協働もやっている。音楽はコラボが当たり前。違う要素が集まったアーティスト集団が活躍する。

人間、一人で強くなれる人はほんの一握り。コミュニティの後押しって大きいと思うんです。

個人での活動もありながら、クルーとしての活動があり個人同士が繋がる。
小さなコミュニティを大切にするし、それが社会となる。
社会は、経済となり、国・地域として強くなる。

もちろん本人たちが「自己成長のために協力すべき環境を選んでいる」という側面もあると思うので、そこは理解しつつも。なぜ引っかかるかというと、その環境を選んでいる主体が、本人なのか? 親なのか?というと。。。親ということもよくある。

他方、別の視点からダンスを通して
個人と集団、協働を見ることができるダンスコンテスト市場。

そのコンテストというフィールドに目を向けた時
もちろんチームは、みんなで一つを演出することが大事。

だけど「身長が同じ人同士がいい、みんな衣装を合わせたほうが良い」という声がデザイン的な根拠なく出てきたり、コンテストの順位を見ても、同質性の高いチームが良い結果を出す。

みんな同じじゃないといけないの?

一人一人が自分らしくいて、かつ、それを集合体としてOne Powerにできているか。もしくは質的にも同じでないといけないのか。

そこを鋭く観察してきました。

そして気づいたこと。
同様の問題は、日本の大人が働く職場や
外国人との共生の課題が言われる地域社会でも起こっている問題
そして、同品質を大量に製造してきた日本の経済成長とその限界と全く同じ構造です。

離職の原因は待遇に加えて、対人関係。
相互理解が進まない地域コミュニティの課題。
革新的なアイデアが生まれずグローバル企業の地位をGAFA陣に明け渡した経済成長の鈍化。

違いを活かせないのは日本の企業や地域社会の弱点。
「違うから」って自分が排除するうちは、自分だって排除されるミクロなリスクも孕みながら。

Cooperationはできるのに…

私は物事を分析する時や提唱する時に、英単語に変換して考えることが好きです。

なかでもCから始まる言葉は大切な概念が多いなと思っています。Communication, Community, Confidence, Change, Commitment…

そして協力という意味のCooperation.

日本は意外と人々が協力し合うのが苦手なの?

いやいや、日本社会って天災の後の苦難の乗り越えとかも見てても
日頃の(生きすぎた)他者配慮のカルチャーを見てても
協力にはすごい秀でているはず。

協力が鍵を握るならばコミュニティ・社会として今ももう少し良質に進化を遂げているはず。

C, C, C….
悶々とした疑問をもちながらCの単語を考えていた時に浮かんだ Collaboration (コラボレーション)

おっ? と気づいてまた社会観察の日々が始まりました。


Collaboration の意味はどう捉えていますか?
辞書で引くと、最初の定義は「協力」であるものの、合作、共同創作などと訳されるように

異なる主体が協力して新たなものを作り出すこと。

この主語がミソです。
私が行き着いた分析は、

従来の日本の社会やさまざまな業界において、
力を合わせることや集合的に力を一つにすることは歴史的に得意。
ただし、集まる力の質が同じである方が、推進する威力が大きくなる。
これによって高品質・大量生産時代の高度経済成長を遂げてきたし、学校教育も集団として同調し、水準を上げてきた。

一方で、ダンスシーンもそうだし、経済成長の場でもそうだけど
協力は協力でも異質な力が集まって価値を生み出すコラボレーションが苦手。異質なものを受け止める価値観が鍛えられていないし、
個として異質なものをリスペクトや称賛はできても
自分が協働するとなると、その訓練やコミュニケーション力が足りない。
慣れている方の同質の協力に逃げがち。

余談ですが
同じ/違うの概念は
幼児が初期段階で習得するほど
安易なコンセプト。

同じ見た目、同じ容姿、同じ考え
それを良きとして評価する選択は容易です。

そして「同じじゃない」が根拠となり
社会に分断と差別や戦を産んできた歴史も踏まえると

同じがいい、からどう抜け出せるかは、より勇敢な行動選択だろうと私はおもってます。

かつ、思えばシリコンバレーも
近年欧米ダンサー招く中国のダンスシーンも
異質なものとのコラボから価値を生んでいる
そう気づきました。

30代より上は価値観の転換にもがいている

ダンスの場でも、経済成長の場でも、
異文化共生が進まない地域社会でも
課題はこの「コラボレーション」に対応する力の足りなさ。

大きく見ると、そういうことだと思い始めています。

協働は協働でも
同質性の集合体として「協力的」はできるが
異質性の集合体としての「コラボレーション」が苦手。

異質なものと協働する、シチュエーションになると
もちろん不和はすぐに出てくる。

その時に、その不和を乗り越えるコミュニケーションや対応ができずに
「自分は自分でいいや」「個人でやります」
もしくは「みんな同じがいいんじゃない?」になる。

私がダンスの教育の場で見てきたものは、不和へのリアクションを、高度経済成長時代に育った親や教師である大人がとってしまうということなんだなーと。もしくはその教育観で育ってる子ども本人か…

この記事の始まりに戻ります。
数カ月どころか数年に渡り考えてきた
成長とイノベーションを産むのに必要な「協調・協働」について。

成長とイノベーションを生むのに大切だと思ってるのは2つ
高度なコミュニケーションスキル
②多様性が生み出す協調

ここが記事のスタート点でした。

個が立つと、チームは両立しないのか? 集団は両立しないのか? 
▶︎いや、そんなことはありません。

個を立てた上で協働する
高度なコミュニケーション力や、対応力、価値観の転換力を鍛えましょう。

だから異質が集まる多様性の場は大事だし、そこを渡り歩くコミュニケーションなのだと思っています。


最後に…この記事を書けるまで考えがまとまったきっかけは、ダンススクールの保護者との会話。

最先端の公教育の改革に携わりながら、娘をインターに入れている親(笑)との2時間の会話はとても楽しかった!

探究の授業について、先生たちはどう取り組んでるか?
アメリカはどんな暮らしぶりだったか?
ダンススクール経営者として、掛け持ちとその生徒の育成についてどう考えているか?
経営としてどの方向に進むか?料金が安すぎないか?
このチームの運営の伸び代はどこか?
衣装について親同士でこんな会話があった。などなど

いろんなことを率直にキャッチボールする中で彼女が言っていた
「30代以降の人たちは価値観の転換に苦しんでいる。今までと時代が違う。親も、先生も。みんなどう変わるか必死」という言葉。
それを聞きながら、やっと疑問に思ってたことへのロジックも、すとんとまとまってきたのでした。

ありがとうございます!

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