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“ダンスは私のアイデンティティじゃない” 保護者が語った本当の「主体性」

「話していません。もう本人が自分で考えて、課題も取り組んだらいい。ダンスは私のアイデンティティではない。彼のアイデンティティだから」

先日、経営しているダンスアカデミーの生徒が多く出たバトルがあった。その2日後、生徒の一人の保護者の方と話す機会があった。その時の保護者の言葉。私が「バトル終わって何か話しましたか?」って聞いた時の返答だった。

「もう中学生だから」
「ダンスのことはわからないから」

普段から、そう語るお母さん。話が深まり「本当の主体性を理解している親ってなかなか…。そう浸透はしていない」など、いろんな議論ができてとても楽しかった。特に心理学の分野からの会話が充実した。

ダンスアカデミーを経営し始めて6年。

生徒が結果を出してきてコミュニティとしても強くなっている。コミュニティがいい状態であることは、モチベーションや成果にも、単純な楽しみにも大切なこと。

一方で10代に入っている生徒たちが、保護者のサポートを得ながらも「自分ごと」として「自分のダンスライフ」をおくり始めるかは、なかなか岐路に立たされていると日々感じている。

目次

子どもの10代と親のミドルライフクライシスは重なる


  • 保護者の子離れ



  • 保護者自身のアイデンティティ揺れ(ミドルライフクライシス)


この2つは、昔から私とパートナーの間でよく議論になる。あとは単純に誰にでもあるもの。


  • 保護者個人の視点でしか見えていないSelf centered perspective(自己中心的な見解)


子どもはいつまでも子どもじゃない。大人に変わっていく。それと同時に、大人も変わる必要がある。

大人が大人自身、自分のことに取り組むことも大切。
そうじゃないと、子どもにアタッチしすぎて、子どものアイデンティティが確立できない。
親と子どもは10歳を過ぎる頃から対等になってくると思ったほうがいいのかもしれない。
そして、もっと違う視点や他者を混ぜ合わせないといけない。

そう考えると、習いごとってすごく都合が悪い。
ダンスなんて低年齢で、親が最初に勧めてやらせてみることが多くて。それで成長してくると、もちろん親は家族として応援してて嬉しいから熱中する。

でもその、熱中している最中に子どもは10代に突入するから、その時に「手放し」しないといけないのだ。本当に子どものためを思うならば。
本当に主体性を育みたいならば。。。

日々、新しい教育事業を思案しながら、そんなことを思っている。
ダンスという習いごと事業をやっているけど、主体性を本気で育みたい私と相方にとっては、日本の成熟したキッズダンスシーンと習いごと産業は本当に相性が悪いなーと思っている。笑

でも相方は割と楽観的。何名かの生徒は、生徒として強い個人として育ってて、大丈夫。彼らは彼らのダンスライフをうまく自分で創れる、と。

一応、これからその主体性ある取り組みをどうプログラム的に導入するか、私の課題として計画中です。
がんばるぞ!笑

グローバル基準から学ぶ「手放し」のタイミング

話は変わって、いつもおしゃべりしている高校時代からの友達(with 2歳娘)が、アートを活用した教育を学んだり、児童心理学やったり、センサリープレイを学ぼうか言い出したり、インターナショナルスクールを選んだり。

結構クリティカルな私と本音でいつも話しているはずなのに、子どものことに一生懸命で「大丈夫?」と思ってしまった。

なので聞いてみた。

「幼児教育とか、そんなに熱入れすぎて…あまり子どものことに熱中すると大きくなって手放しできなくなるよ?」と。

そうしたら彼女の答えは「10歳までに親は色々やってあげて、10歳からは完全に手放し!その方が私も楽じゃん。グローバル標準はそうだと学んだ。だから今だけ」と。

なるほど!

さて私の娘も2歳。この同級生の友達と情報交換しながら一緒に子育てしている感覚もある。

「ダンスは私のアイデンティティじゃない」と潔いダンスの生徒の親も。この友達も。スカッと逞しい、そしてドライに思える対応が、子どもの根の力を太くするのかもしれないなーと思っています。

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