先週、日本の年間出生数がついに70万人を下回ったというニュースが報道されました。
私が参加しているいくつかのオンラインサロンでも、その数字が社会や経済にどのような影響を与えるのか、さまざまな角度から読み解く議論が交わされていました。
この「70万人割れ」は、ただ少子化が進んでいるという統計的な話にとどまらず、これからの社会のあり方や教育の方向性に対する問いかけでもあると、私は感じています。
そして、この数字の向こうにある現実や構造を、自分自身の生き方や仕事、母親としての視点と重ねながら考えることが増えました。
女の子のための教育をつくっている理由
私は今、進路コーチングやグローバル教育を中心にしたプログラムを提供していますが、その一部はあえて“女の子だけに限定”しています。
その理由の一つは、私自身の原体験にあります。
私は中学・高校時代、将来はグローバルに活躍したいと夢見て、英語を学び、世界の社会構造についても関心を持って勉強してきました。
でも、社会に出てみると、「学んできたことをそのまま実現するには、いろんな“見えない壁”があるんだな」と痛感しました。
とくに、ジェンダーに関する構造的なハンディキャップ。
「女性である」というだけで、評価が後回しにされる、発言が通りにくい、ライフステージにおける選択が制限される……そんな場面が何度もありました。
AI時代に女性はどう生きるか?
近年では、さらに別の現象も起きています。
たとえ頑張って“ハードスキル”を積み上げても、それをAIが一瞬で代替してしまう。
これは、スキルを身につける努力が無意味という話ではなく、
「何を学ぶか」「どのように生きるか」そのバランスやあり方が、これまで以上に問われているということだと私は捉えています。
そして特に女性にとっては、ライフステージ——結婚、出産、育児、介護など——とキャリアの間での揺れや選択の連続があります。
私自身、子育てを通して何度も「女性性」や「母であること」の意味に直面してきました。
男性性と女性性、両方の学びが必要な時代へ
これまでの日本社会では、「論理性」「効率性」「成果主義」といった“男性性的”な能力が高く評価されてきました。
でも、今の時代に本当に求められているのは、それだけではないと思います。
これからは、
・人を思いやる力
・感情の波に気づき、それを言葉にできる力
・共に育ち合うコミュニケーション力
といった“女性性的”な知性や感性も、**同じくらい重要な学びとして扱われるべきではないでしょうか。
私は、女性が男性性・女性性の両方を行き来しながら、自分らしく学び続ける力を育むことこそ、AI時代を生き抜くための本質だと信じています。
「母の存在」が社会全体に与える見えない力
どんな性別の子どもを育てていようとも、母という存在が持つ力はとてつもなく大きいと私は感じています。
社会的な評価の中では見えにくくても、
「誰かの自己肯定感を支える声がけ」
「安心できる居場所をつくるまなざし」
「小さな変化を見逃さない観察力」——
これらはすべて、母性や女性的な感性の中にある強さです。
そして、その強さは決して“感覚的”なものだけではなく、きちんと学び直し、鍛えることができる力でもあります。
だから私はいま、心理学や脳科学、感情知能に関する学びを深めています。
それを自分の子育てや教育プログラムに活かすのはもちろん、同じような立場にいる母親たちと「学び合い」「支え合える」コミュニティづくりにも活かしたいと思っています。
日々の学びは、累乗していく

そんな想いの中、今週は“耳だけ”ではなく、じっくり向き合って読みたくなる2冊の本を手に取りました。
私は普段Audibleを使って、音楽のように本を聴いています。忙しい日々の中でも、読書の習慣を続けるのに役立つ方法です。
昨日耳で聞いていた本の中で、とても印象に残った言葉がありました。
「35歳で学んだすべての経験や知識を生かして、36歳を生きることができる。
そして、36歳で学んだものは、それまでのすべてに積み重なり、37歳をよりよく生きるための力になる。」
この考え方は、“知識は直線的に積み重なるのではなく、累乗的に深まっていく”というメッセージだと感じました。
おわりに:1日1日、積み重ねることの尊さ
子育ても、教育も、そして自分自身の生き方も、
「一気に変わる魔法」なんてありません。
だけど、1日1日、1年1年、真剣に学び、気づき、振り返っていくことで、
人生は確実に豊かに、しなやかに育っていく——
そんな希望をもらえた週末でした。
もし同じように、
「これからの時代、どんな学びが必要なんだろう」
「自分らしさって、どう育てていけるんだろう」
そう感じている方がいれば、ぜひこれからも一緒に考えていけたらうれしいです。

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